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2013 05,27 19:32 |
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「ここ数日、熱がほとんど下がらないのです」 そう困ったように微笑んだ彼女に、やられた、と思った。 このようなところまで夫と、周瑜と似ることはないのに。 「なら横になりなさい。起き上がるのも本当は辛いのでは」 「熱に慣れてしまって。そこまで苦では…」 「では私のために横になってほしい。聞いてしまったからには気が気でない」 「わかりました」 あっさりと引き下がった彼女が横になるのを手伝いながら、呂範はため息をついた。 「まったく、こんなとこまであいつに似なくてもいいのに」 「あの方に似たのではなくて、これは小さい頃からです。姉上にも、こうしてよく怒られていました。公瑾さまとは、お互い様かしら?」 「だろうなぁ…」 ---------- こんな死の間際の小橋さんと呂範の会話を深夜に書きながら、ああやっぱりわたしこの二人好きなんだって思った。 需要皆無だけどいいの。自分だけだけどとても幸せ。 ……それにしてもなんだこのかぜ江よろしくな周瑜みたいな小橋さんは…自分で書いときながらあれ?、ってなったよ? 個人的な設定だと小橋さん225年以降(末娘が嫁ぎます)に死去なんだけど、呂範と会話がしたい!、ということで228年以前の死去と相成りました。(呂範は228年に死んでいる) それにしても、小橋さんの未練のあまりのなさにちょっと書きながらびっくりした自分がいる。 別に生きることを諦めていないんだけど、どうも発想がふわふわしてる。 思うに周家自体、どこかしらずれることで、生きようとしてるからなんだけど。 最近ツイッターでの周家妄想が止まらなくって、思いつくままにつぶやいているのですが、そのおかげか周小夫婦だけじゃなくて、呉における周家というものがどういうものなのか、ってことになってきている気がします。 次男次女のどこかしらほわほわしたおしどり夫婦が、ちょっとだけ世間とずれることで、自分たちのペースを保ちながら家族で生きている、そんな感じらしいです認識として。 孫家とあまりにも近い関係を持っていて(周瑜:妻の姉が孫策の妻、周循:妻が孫権の娘、周胤:妻が孫家の娘、周氏:孫登の妻)、ちょっと怖いのです。 それに最終的に血統が消えてしまうからかもしれないけれど、呉ではどこかしら浮いて雰囲気がありますあの家。 豪族にもなれず、そこに混ざることもなく。無意識だけどどこかしら、混ざることを良しとしなかったのかなーなんて。 そんなことを考えながら、今日も周家が楽しい今日このごろ。 PR |
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